恩は恩

小室哲哉さんが、昨日、逮捕されました。そこに至るまで詳細は知りませんが、
あのようになるのは、必然の事かも知れません。



TVを見ていると(見たくないけれどどこでもやっているので)、関係者や町の反応は
残念だは兎も角、ショックだならまだしも、裏切られたというのも結構多い。



日本人よくある体質の典型だ。人気のある時には、これほどかと言う擦り寄り
今回のような事になると平気で、その様な事を言う。



「恩は恩」と言う事はできないのだろうか?



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左のホールは、平成7年に、小室氏の10億円の寄付の中で作られた440名を収容できるホール。
当然この様だから、名前を変えるとか記念されたものを消そうとするでしょう。
教育上良くない?かも知れません。
でも、こんな物をシッカリ残す事により、反面教師にもなり、更に言うなら「恩は恩」という、人間では当たり前の事を認識してもらえるのではないでしょうか?



自分を守る為に、何かを切る事は簡単かも知れません。そうしないと、世の中に色々言われる。でも、そんな中でも、敢えてこの物を残すような、資質もあって欲しい訳です。
 日頃から会社や人間の移り変わりを見ている商売にいる立場から、会社や経営者は絶えず、その時点での評価は変わりますが、良い場合はいいのですが、悪くなった場合には、日本の世の中全てを否定してしまう傾向があり、そんなのを見ていると何かもどかしさも感じております。



「恩は恩」 または 過去の評価は評価ではないでしょうか?

その中で会社や経営者(人間)がなぜその後そうなっていったのかは冷静に見る必要はあるでしょうが、全てを否定してしまう必要は無いのかと思います。
 
みなさんは、「倒産歴」をどのように判断しますか?今までの日本では、一度あれば二度ある。となってないでしょうか?
 それはそれなんですが、その事で本当に世の中が良くなるのならそれで結構です。でも実際は、その事が、一度落ち込むと復帰できる切欠さえ掴めなくなるのが、今までの日本スタイル。意味は違いますが「村八分」これも同じ事。この様に日本に染み付いていることなのでなかなか、変わるのは出来ないでしょうが…。

なお、自分の音楽的主張は、T小室なる者ほど、日本音楽界に悪影響を与えた人は多くないという認識を持っています。それに従えば、ざまあみろという事なのかも知れませんが、恩を受けた人は、いつになっても、恩には変わりないのです。



こんな考えは甘いのでしょうか?



人生は長いです。人、毎日、悩み、正しい事だけしている訳ではありません。自分も含めて沢山子の様な例を、特に、最初のバブル以降見てきました。会社だけでなく人間が変わっていく事を、寂しい事も多いのですが、それもまた現実であります。だからと言って、それらの人を単純に切り捨てても何もなりません。



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キャピタルホテル1000 歌うホテル王と言われた、千昌夫さんが、出身地 陸前高田に作ったホテルです。あの当時何があったか…



でも、いまでも地元の人はどのように見守っているのだろうか?結果として、この二人の差は何だったのだろうか?当時長銀から借りた借金は3000億円、その後1000億円まで棒引きされたが、現在もたぶんそのまま…。なお、千さん本人は自己破産は行ってなかったと記憶している。



 





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